今もなお続く戦争の記憶 サイパン島の海岸で繰り広げられる惨劇

産業革命により、機械文明を手に入れた我々地球人は、国家の威信をかけ次々と新しい兵器を生み出した。1939年、ついに第二次世界大戦が勃発し滅亡戦争の幕が開けた。
空では無数の戦闘機が銃撃戦を繰り広げ、海では巨大な戦艦の主砲が稲妻のごとく爆炎をあげ、陸上では数百万単位の大隊がぶつかり合う地獄と化した・・・。

世界有数の観光地であるサイパン島も例外ではなく、激戦が繰り広げられた。
今回の話は、第二次世界大戦にまつわる悲しい記憶である。

ジャンル:怖い話
怖さ:★★☆☆☆
長さ:★★☆☆☆

今もなお続く戦争の記憶 サイパン島の海岸で繰り広げられる惨劇

サイパンというと、太平洋戦争の大激戦地で、日米両軍で数万の犠牲者が出た所。

このマ○○○○島は、その最前線にあって、サイパン本島からの救援もなく、脱出も出来ず、最後には弾薬も尽きて、全将兵が刀を持って突撃して、全滅したといわれてます。

この話は、サイパンの現地係員の経験のある先輩の体験談です。

夕方、某ビーチを歩いていると、海岸線後方の木々の茂みの中から、
「突撃ィー!」

という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が・・・、

「うわぁーー」

と、海岸線に向かって突撃してきたそうです。
次の瞬間、

ダダダダダダダァ
トガァーン!

機銃や大砲の音が鳴り響き、兵士達は次々と倒れていき、あっという間に、先輩の周りは兵士の死体で埋め尽くされたそうです。

しばらくすると、機銃や大砲の音も止んで、あたりが静かになると倒れていた日本兵達はスゥーと消え・・・、

次の瞬間、再び、

「突撃ィー!」

という声が聞こえたかと思うと、何百人もの旧日本兵が、

「うわぁーー」

と、海岸線に向かって・・・・・・。

その時、ビーチには、日本からの観光客も沢山いたそうですが、ほとんどの人は、何も見えていないのか、そのまま遊んでたそうです。

ただ、先輩も含めて、幾つかのグループは、真っ青な顔をして、ビーチから逃げ出したそうです。

参考:NAVERまとめ

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